労働者側と経営者が協力しあう

日本経済は第二次世界大戦後の20世紀の後半、急成長を遂げた。日本企業の多くが大成功を続けた。製造業を中心に、海外進出も絶好調だった。

日本企業の特徴とされたのが「労使協調路線」だ。労働者側と経営者が、対立するのでなく、協力しあうという姿勢だ。

経営が悪化しているときは、労働組合が譲歩した。自動車、航空、トラック運送、タイヤなど幅広い業界で見られた。鉄鋼、アルミ産業にも拡大し、1970年代後半から1980年代前半には、一つのトレンド(潮流)となった。

労組が「経営悪化」を認識

何度か起きたリセッション(景気後退)に加え、国際競争力の低下や国内での競争激化などによって経営が悪化した。 これを受けて、労使双方が譲り合って生き残るための道を模索するようになった面もある。 「雇用確保には企業が利益をあげなければならないことを組合が認識し始めた」(グッドイヤーのチャールズ・ピリオッド会長)わけだ。

UAWやUSWなどの転換

UAW(全米自動車労組)やUSW(全米鉄鋼労組)などの強力な労働組合も、企業の存続が問われるような厳しい局面に立たされれば、譲歩せざるをえないと考えるようになった。「労使交渉で何を勝ち取っても、失職すれば意味がなくなる」(UAWなど)からだ。

生産性向上

日本企業との競争で厳しい目にあっていた米国企業は「日本に学べ」という姿勢を持つようになった。

日本などからの攻勢を受けて、米企業は本格的に国際競争力の強化の必要性を認識した。生産性向上にも懸命に取り組むようになった。

この考え方が従来のトップ層からミドル層、そして現場の第一線労働者にまで浸透する必要があった。そうしなれば、労使協調は実現しない。

日米摩擦

1980年代前半には、日本に対する警戒や対抗も表面化した。

自動車輸出などの貿易摩擦の分野ばかりではない。生産性や品質面で米国製品の良さを訴える企業広告が激増した。

広告代理店の集まるニューヨーク・マジソン街では「日本攻撃が新しい“金本位制”になっている」との声も出た。

モトローラが日本への対抗を打ち出す広告

半導体で日本メーカーと激しい競争をしているモトローラ社は、新聞、雑誌に「日本の挑戦にこたえる」というタイトルのシリーズ広告を出して話題を呼んだ。

家電メーカーのシルバニア、さらにはインガソール・ランド、PPGインダストリーズ、W・Rグレースなど各社もテレビや新聞で日本を引き合いに出して企業イメージを高める戦術を取った。

貿易摩擦・日米摩擦に業を煮やして米企業が愛国心に訴えるという極めて感情的な手に出ているとの見方もあった。

しかし、米企業がしだいに自信をつけて、日本への本格的巻き返しを図ろうとする決意の表れでもあった。

米経済再生の反面教師

なにはともあれ、米産業界に「日本」がズシリと重みを与えているのは間違いなかった。米経済再生に日本が反面教師の役割を果たしたといえる。

フォード、GMの経営者も「労使協調」を訴える

米国の自動車メーカー経営トップからは、日本の経営者のような発言がよく聞かれるようになった。

コールドウェル・フォード会長は「管理職と労働者の協力で数多くのいいアイデアが提案され、生産ラインの改善がなされている」と語った。

フォードのピーターセン社長は「人を信頼し、気にかけるといった人的ファクターが経営上必要になっている」と話した。

スミス・GM会長は「新しい労働協約は対立から協調へと労使関係を大きく変えるものだ」コメントした。

構造化知識研究所

21世紀の日本における「春闘」の役割・意義

なお、日本においては、労使協調によりマクロ的に適正な成果配分を決めてきたという「春闘」の機能は、実は今も健在である。さらに、1年に1度、国全体で、この国の雇用の在り方を議論することの意義も大きい。その意味で、「多元的雇用・勤労福祉」型の社会を実現するための国民的議論の場となることが、21世紀型の春闘の意義だといえよう。(有宗良治